【64日目】嬉し悲しのキナバル登山

世界一周の旅に出るずいぶん前――たぶん半年以上も前のことだ――、友達から「8月にマレーシアのキナバル山で登山しよう」という誘いを受け「俺は旅に出るから、そのタイミングでマレーシアに行くよ」と答えていた。深く考えもしなかったこの計画だったが、あれよあれよと話は進み、実現することになった。

キナバル山というのは東南アジアの最高峰で4,095.2mある。日本人なら富士山の3,776mより少しだけ高いこの山に登りたくなる気持ちが分かるのではないだろうか?

「日本の最高峰より高く、日本にはない4,000m超えの山」

あゝなんと甘美な響きだろう。世界遺産にも登録され、世界最大の花であるラフレシアが咲くエリアでもある。日本とは違い熱帯雨林気候なので、山の麓はジャングルになっていて「椰子の木を眺めながらの登山かな」なんて考えるだけで興奮してしまう。

8月9日の深夜、日本から友達らがやってきた。日本人には旅の途中でも会っていたが、やっぱり友達に会うというのは嬉しいもので、到着が深夜を回っていたにも関わらず、しばらく飲んでなかったビールを飲んで、久々の再会を祝った。

キナバル山は入るのに許可が必要で、登山にはガイドを付けることが必須となっている。かつ頂上のロッジに泊まれる人数以上は山に入ることも許可されないため、事前の予約が必要だ(ただし、時間さえあれば<キャンセル待ち>という手はあるらしい)。僕らは日本のツアー会社を通じて全て手配していたので、現地のスーパーで行動食を買う以外にやることはなかった。

登山開始の8月11日の朝、ゲストハウスに迎えの車がやって来る。中国系の陽気なドライバーがアメリカンジョークにも似た冗談を織りまぜながら軽快にトークを続けるも、朝が早かった僕らは熟睡。途中、目を覚ました時にミラー越しに見たドライバーの顔が寂しそうだった。

登山開始

山の麓に着くと、ツアー会社からのお弁当を受け取り、手続きを諸々済ませて登山開始となる。ちなみにお弁当だが『絶対に』足りないので、自分で持っていったほうがいい。

約1,800m地点からのスタートということで、最初の100mが下りになる以外は延々と登り続けるコースである。多くの人が最初から飛ばし、早足で登っていったが、すぐに疲れが溜り、動けなくなった。一方じっくりペースを押さえて登った僕らは淡々と進み、そういう人たちも抜きつつ、いいペースで登れた。

ひたすら登れ!!

ひたすら登れ!!

ひたすら登り。一瞬平坦な道が出てくるとホッとする。

ひたすら登り。一瞬平坦な道が出てくるとホッとする。

植生が日本と異なり、歩いているだけで楽しい。

植生が日本と異なり、歩いているだけで楽しい。

登山は休憩の為に登るのです

登山は休憩の為に登るのです

この緑がかった景色が好きなのです

この緑がかった景色が好きなのです

これ、分かりにくいけど手のひらより大きく、触ると固い。

これ、分かりにくいけど手のひらより大きく、触ると固い。

日本的な雰囲気を感じたのでパシャリ

日本的な雰囲気を感じたのでパシャリ

霧が妙に景色を幻想的に変えてくれた

霧が妙に景色を幻想的に変えてくれた

初日は6kmの登山。1日の行動量としては多く無いが、標高差があるため、体力が奪われる。雨のせいもあり、山小屋に着いたときにはクタクタだった。ちなみに日本の慣例に従って山小屋と書いたが、かなりきれいで大きな宿泊施設だった。「ロッジ」と言ったほうが近い。食事もビュッフェ形式で美味しかった。ただ、夜は冷えるので余分にシーツくらい持っていった方が良いかもしれない。

翌朝1時30分に起きて、軽食を食べる。夜明けまでに頂上に行き、そこから日の出を見るというのが一般的なキナバル山の上り方。これは富士山と一緒。ヘッドライトを付けて、狭い登山路を並んで歩く登山客を見ていると蛍にでもなったような気分になるが、初日の疲れと高い標高であることによる空気の薄さで疲れが半端なく、みんな黙って上を目指した。

約3,500m地点からは鎖場となり、傾斜のキツく、落ちれば致命傷という場所も少なくない。高所特有の息苦しさと、前日からの疲れ、雨・風による体力消耗で、メンバーはヘトヘト。鎖場前半のキツイ箇所を終えるも、延々続く岩場の登りが苦しくなってくる。メンバーの中には高山病で頭痛を抱える人もおり、夜明けにも間に合わなず、体力的にも帰りが辛い――というのも、登頂したあと、昨日登った道を下らなければならないのだ――。苦しいながら、安全を優先して3,800m地点で下山を決意。わずかに富士山を超えたものの、あと300m上空、徒歩にして約1km先にある頂上を背に下山した。

植物がなくなると、ひたすら岩場が続く

植物がなくなると、ひたすら岩場が続く

登頂断念した少し後で霧が晴れて、周りが見えた。

登頂断念した少し後で霧が晴れて、周りが見えた。

悲しい決意ではあるものの、ちょうど下山と同時に夜明けが始まり、僅かな時間だが霧も晴れ、険しい岩盤が姿を表した。いつかまた挑戦したいと思う。

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ケン について

小説を書いてます。2012年に池内祥三文学奨励賞を受賞。その後、2年4ヶ月かけて26ヶ国を旅しながら、ウェブ媒体や同人誌などで小説を発表しています。
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